添削

原句は、棘の跡柚子に癒さる夕餉かな
棘の跡というと、指に刺さった棘のことを先ずイメージします。その傷が柚子の夕餉に癒されている事との関連が薄くやや説得力が弱いように感じました。棘が心に刺さったわだかまりの事かとも思いますが、その意味であればより相応しい表現の工夫があると良い句になると思います。

	秋晴や少し遠出のペダル漕ぐ	路子
ちょっと解説	秋の晴天のもと、自転車でちょっと遠くまで行っているという、大変気持ちの良い作品です。少し遠出の、少しが良く句を盛り立てていると思います。素直な表現に好感が持てる一句です。
	天高し鐘の余韻の消えしころ	保月
ちょっと解説	朝を告げる鐘の余韻が消えた頃、秋晴れの青空が見えたという作品です。実際は、鐘の音から抜けるような秋天がはっきりするまでは、ある程度の時間が経過しているのだと推測しますが、詩としては適切な表現で巧いと思います。
	秋天やブーツとミュールが行き交ひて	小林　久美子
ちょっと解説	秋空の下、女性の足もとの装いに気がついた敏感な作品です。秋から冬にかけてのブーツと、夏場のちょっとオシャレなサンダル（ミュール）のミュールが行き交っている様子と、季節の変わり目の情景が良く描かれています。
	咲き残る朝顔の青空の青	千草
ちょっと添削	原句は、咲き残る朝顔の青秋の空朝顔は俳句では秋の季語に分類されています。夏のイメージが強いのですが、立秋後にその花期が訪れるからだと思います。咲き残る朝顔というだけで秋の季感は十分に表現されています。歳時記の季節にとらわれず、日常の中での自然そのものを詠まれる事で問題ないと思います。秋の空と言わずとも秋の季節感がよく伝わってきます。
	身勝手な空しさもちてピラカンサ	墨悲
ちょっと解説	身勝手な虚しさという内容がポイントの句です。主観ですので、読み手によって善し悪しの意見がはっきり分かれる作品だと思います。ピラカンサの赤い実がその心境をなんとなく代弁しているように思いますので、季語で内容が生きていると思います。
	どんぐりの青き幼子こぼれ落ち	杉森　ｍａａｍａ
ちょっと解説	まだ成長しきる前の青い団栗が地に落ちてしまった情景です。青き幼子、こぼれ落ちという表現が、小さな団栗ににふさわしく良いと思います。
	大寺の床に活けある猫じゃらし	小林　久美子
ちょっと解説	猫じゃらしを活けてあるという面白い光景に出会わされたのだと思います。大寺という背景も良いと思います。
	軒下の鳩濡れてゐる萩の寺	春日
ちょっと添削	原句は、軒下の鳩濡れてゐし萩の寺雨宿りをしている鳩の様子と、それを見つけた作者の鳩への思い遣りが暗示されていて良い作品です。季語の萩の寺も背景として、句にマッチしていると思います。濡れてゐしと過去形になっていますが、現在形の方がより臨場感が出ます。
	落ち林檎拾ふ農婦や悔しげに	渡辺　邦敏
ちょっと添削	原句は、落ち林檎拾ふ農婦の悔し顔台風などで収穫前に落ちてしまった有る程度沢山の林檎をその主が残念そうに拾っている情景だと思います。良くまとまっていますが、悔し顔という表現が、やや苦しい省略形の様に感じます。また、悔しいという生の感情表現を、具体的な写生で表現できるとより句に深みが出ます。落ち林檎拾ふ農婦の足重くなどと、実際に見られた時の情景を詠み込んでみてください。
	秋空にキャッチボールの球吸はれ	篠原　義剛
ちょっと添削	原句は、秋空やキャッチボールの球逸れて晴れ渡った秋空の青の下でのキャッチボールの様子が良く描かれています。素直に作句されていて好感が持てますが、もうひとひねりして、作者の独自性や詩的な表現を試みても良いと思います。
	林檎の実一雨ごとに重くなる	渡辺　邦敏
ちょっと添削	原句は、林檎の実日毎に濃さの増しにけり木の林檎が日毎に紅色を濃くしている様子だと思います。「日毎に紅を濃ゆくして」という事になりますが、やや内容がおとなし過ぎるように感じます。日毎に林檎の成長して行く様子を木目細かく表現すると、より実感のある句になると思います。
	爽籟や老舗仰げば虫籠窓	SHIGEKO
ちょっと添削	原句は、爽籟や入り来る老舗虫籠窓爽籟（そうらい）は秋風、さわやかな秋の風の響きのことを言います。虫籠窓（むしこまど）は二階の壁に通風をよくするためにあけた、虫籠のように格子の目を細かくした窓のことを言います。爽籟、老舗、虫籠窓と一句の中に材料を詰め込みすぎた感があるところが惜しいように思います。表現を整理するとともに、写生を効かせるとより良い作品になると思います。
	見える筈ある筈の山霧の中	seiu
ちょっと解説	いつも見えている山が確かにこっちの方だけど見えないという実感が、見える筈ある筈と、筈を二度重ねた事で、よりリアルに表現できたと思います。霧の濃さも分かります。大変良い作品です。
	川なりに径も曲がりて蓼の花	邨軒
ちょっと添削	原句は、川のまま径も曲がりて蓼の花川伝いに道が通っていることは誰でも知っていますが、川が曲がれば道も曲がると表現されると、ああ、成る程そうだとうなづいてしまいます。作者の目が良く効いていて、一つの発見のある作品と言って良いと思います。道も「径」という漢字を用いた事でその幅や環境が分かります。蓼の花も良く効いていて大変良い作品です。「川のまま」は「川なりに」の方がより詩的な表現になるかもしれません。
	真っ直ぐに立てる帆柱鰯雲	片岡　幸八
ちょっと添削	原句は、ヨット部の得手に帆柱鰯雲ヨット部の得意技として帆柱を掲げる事と言う意味で良いのでしょうか。そうすると、帆柱だけではやや舌足らずな表現のように感じます。また、「得手に帆を揚げる」＝得意なことを発揮するよい機会を得て勇んでする、という言葉がありますので、やや既製の言葉をもじったような印象を受けます。写生をすることによりこれらの問題は解決できると思います。
	叱られて拗ねる子が引く草の花	山崎　ももこ
ちょっと解説	俳句では秋の野生の草がつけた花の事を総称して草の花と言います。叱られた後の子供の様子が素直に良く描かれています。叱られて少しばつが悪いのでしょうか、反省もしているのでしょうが完全に納得できない子供の気持ちも分かるように思います。草の花を「引く」という描写が良いと思います。
	秋天や見る中心を探しをり	墨悲
ちょっと解説	秋の空の大きさを表現した作品です。秋天を見上げてその真中はどこだろうと、その大きさに感動を覚えている作者がいます。表現に工夫があり、大変巧い作品です。
	秋空へ飛び出しさうな風見鶏	萌
ちょっと解説	風見鶏が今にも飛び出しそうだと感じた作者自身の把握があり、とても良い作品です。秋空の抜けるような青さと、くるくる回っている風見鶏の様子が良く伝わってきます。季語も適切です。

	幼な子の指差す方の窓に月	高橋　巴
ちょっと解説	小さな子供が指で示した方にふと目を向けると、窓に綺麗な月が出ていたという日常の一齣を切り取って、上手に一句として仕上げられたと思います。素直な表現に好感の持てる作品です。
	秋祭赤飯のみのわびしさよ	みち
ちょっと解説	祭の日の少し遅い夕飯の感じがします。祭の賑わいに対して、食事は赤飯のみという情景が良く出ています。わびしさよという感情をストレートに句に盛り込むことはなかなか難しいのですが、この句の場合は不自然さがなく思いが伝わってきますので良いと思います。
	軒下に玉葱乾く大所帯	春日
ちょっと解説	おそらく昔からの大きな農家の様子ではないでしょうか。夏に採れた玉葱を軒下に吊るして保存しているのだと思います。都会では見られない風景ですが、妙に懐かしい気分にさせてくれる作品です。俳句では玉葱は夏の季語に分類されていますが、この玉葱を干している様子は夏から秋にかけての季節感が出ていると思います。
	夫婦して稲刈る機械油差す	著無
ちょっと解説	「夫婦して」というところに、生活感や農作業の実態がにじみ出ているように感じます。稲刈り機を大切に扱っている様子が良く分かりますし、米作りの締めくくりとしての稲刈り作業への意気込みも伝わってきます。
	秋風にビートルズかけドライブす	幸
ちょっと解説	俳句にビートルズを巧く取りこむことに成功した良い作品です。ビートルズの曲はいつのまにやらスタンダードとなり当時の懐かしさ同時に、その頃の新鮮さをいつまでももたらしてくれます。気持ちの良い秋の風の中を好きな曲を聴きながら車で走っていると言う開放感のある作品になりました。新しい感覚の句で大変良いと思います。
	手に遊ぶ団栗孫の香を残し	保月
ちょっと解説	お孫さんが帰られた後の様子でしょうか。作者の掌の中に孫が遊んでいた団栗が残っているのだと思います。手に遊ぶ団栗、孫の香を残しとも巧い表現で、お孫さんが帰った後の寂しさや静かさなどの率直な実感が良く伝わってきます。
	コスモスの畦道に沿ひ風に添ひ	高橋　巴
ちょっと添削	原句は、コスモスの畦道に沿ひ風に沿ひ畦道伝いに咲いているコスモスの様子が良く描かれていますが、風に沿うという表現はやや不自然かもしれません。同じ沿うでも「添う」の方が風に従順に揺れているコスモスの姿に合っているように思います。

	しばらくは髪みじかめに残暑かな鴨の子を目で追ひ母と二三言	落合　弓子
ちょっと添削	一句目の原句は、しばらくは髪みじかめの残暑かなまだまだ残暑の続く中、もう少しは短めの髪でいようという、女性らしいこまやかな感覚の良く出ている作品です。「みじかめの」は「みじかめに」とした方が、句に余韻やゆとりが出て良いように思います。二句目の原句は、鴨の子を目で追ひ母と二三とき普段の忙しい日々の中で、なかなか母親との会話や一緒にいる機会がが持てない中、鴨の子を目の前にして、そんな日常を少し反省しながら母との時間を持っている作者の心情が伝わってきます。二三ときは、二三言と会話を交わしているとした方がより実感が強く描かれるように思います。
	ビル街に猫の道あり鰯雲鰯雲まなこしづかな迷ひ犬	墨悲
ちょっと解説	一句目、大都会でもしたたかに猫達は生きているようです。ビル街に猫の道があるという表現が大変巧いと思います。おそらく野良猫達のことだと思いますが、その生命力を感じさせる作品になりました。季語の鰯雲も句の内容に付きすぎずに活きていると思います。二句目、飼い主の元へ帰れない犬の様子を、まなこしづかにと捉えたところが、作者独自の把握で良いと思います。動物に対する優しい気持ちも読み取れます。一句目と同様に鰯雲も効いています。
	団栗のくるくる廻る洗濯機	萌
ちょっと解説	元気良く遊んだあとの子供の服のポケットにどんぐりが入ったままで洗濯機を回してしまった場面だと思います。くるくる回ると言う表現が非常に良いと思います。洗濯機の中のどんぐりが目に見えるようですし、子供の服や、洗濯をしている母親の様子もうかがえます。
	待ち合わせ場所に来てゐる小鳥かな団栗を踏み大木を仰ぎ見る	さくら
ちょっと解説	一句目、待ち合わせ場所に急いで行くと、待ち合わせた人はまだ姿を見せずに秋の渡鳥りが先に囀っていたという、大変ユニークで面白い作品です。俳句で小鳥、小鳥来ると言うと秋に渡ってくる小鳥のことを総称して、秋の季語に分類されています。誰との待ち合わせでしょうか、読み手によって色々と想像を膨らませる楽しみもある良い作品です。二句目、小さなどんぐりを踏んで、そのどんぐりを落した大きな木を見上げていると言う作品です。どんぐりを踏んでと言う動機付けがはっきりしており、大木を見上げている作者の気持ちが伝わってくる良い作品です。
	大空や小さな小さな彼岸花	杉森　ｍａａｍａ
ちょっと添削	原句は、残り夏小さな小さな彼岸花残り夏と彼岸花の秋の季語が二つ入ってしまっています。小さな小さな彼岸花という把握は、作者独自の目が効いていてよい表現だと思います。小さなを２回繰り返したところも詩的で良いと思います。そこを活かすために、残り夏の代わりに彼岸花の咲いている周りの景色や背景を表現すると良い句になります。
	せめぎあふ雲の流れや敬老日	みち
ちょっと添削	原句は、せめぎあふ雲の流れに秋を知りせめぎあふ雲の流れという把握は、雲の様子をよく観察しており良いと思います。秋を知りということですから初秋の頃でしょう。やや最後を流してしまったような感があり惜しいと思います。そこを工夫することで、句がぐっと引き締まります。
	蟋蟀や家事の手止めて耳済ます	千草
ちょっと解説	こおろぎの鳴き声に、ふと家事の手を止めて聞き入ったという、日常の一齣が自然かつ素直に表現されています。主婦の感覚と、秋の訪れの頃の季感が良く出ていると思います。
	秋の空煙真横に鉄の町	篠原　義剛
ちょっと添削	原句は、秋高し煙たなびく鉄の町製鉄所の町の風景でしょうか。素直に秋の工場の町の様子が描かれていますが、煙たなびくの「たなびく」がやや平凡な描写であるために、読み手に与えるインパクトが弱くなってしまったのが惜しいです。風の強い日であれば「煙真横に」、風のない日であれば「煙真直に」など、写生をきめこまかく行うことが大事です。
	崩れ落つ滝のしぶきやななかまど	かをる
ちょっと解説	単に滝といえば俳句では夏の季語になりますが、この句の場合は、七竈という秋の植物がその背景をしっかりと表現していますので、季重なりは気になりません。秋の山の滝の様子が素直に良く描けていると思います。
	テーブルに吾亦紅あるランチかな	久美子
ちょっと解説	ランチタイムのレストランでの情景でしょうか。ちょっとしゃれた感じのテーブルと初秋の季感が良く表現されています。句自体もランチという言葉でおしゃれなイメージに仕上がりました。
	緊急の手術と呼ばる百日紅	康子
ちょっと添削	原句は、緊急の手術となりし酷暑かなご家族の緊急手術でしょうか、医療機関で仕事をされている方の作品でしょうか。何れにしても人命にかかわる大変な場面です。その内容に対して、季語の酷暑がやや動くような感じを受けました。また、手術となりしという表現も、緊迫感のある語を用いると、より臨場感のある良い作品になると思います。
	棘の跡柚子の香りに癒さるる	峯岸　八戒
ちょっと添削	原句は、棘の跡柚子に癒さる夕餉かな棘の跡というと、指に刺さった棘のことを先ずイメージします。その傷が柚子の夕餉に癒されている事との関連が薄くやや説得力が弱いように感じました。棘が心に刺さったわだかまりの事かとも思いますが、その意味であればより相応しい表現の工夫があると良い句になると思います。
	何の花と問はれてをりぬ烏瓜	安太郎
ちょっと添削	「何の花」、問はれど知らぬ烏瓜先ず、「何の花」、の句読点はいりません。句の内容から分かりますので「」も不要です。問われて知らないという表現の後に、烏瓜と答が出ていますのでやや不自然です。おそらく作者以外の人達の会話なのだと思います。その辺の状況をはっきり描写すると良い句になります。
	里山や素手の子もゐるとんぼとり	除門　喜柊
ちょっと解説	蜻蛉をとる網や道具を持たないで蜻蛉採りに加わっている子供も居るという場面が良く描けています。里山という背景がのんびりとしていてこの句に相応しいと思います。蜻蛉を追いかけて走り回っている子等の様子が浮かんできます。
	源流は熊の栖ぞ崩れ梁	不等式
ちょっと解説	上流の山奥には熊が棲息していると言う事実がうまく句の中に収まったと思います。良い作品です。
	武士の渡河せし跡や崩れ梁	不等式
ちょっと添削	原句は、武士の渡河せし跡の崩れ梁武士（もののふ）達がが川を渡ったその歴史上の場所に崩れた梁があるという趣のある良い作品です。跡のは跡やと一拍置くとより味わいが出てくるように思います。
	撫子や使ひなれたる裁ち鋏	SHIGEKO
ちょっと解説	洋裁でしょうか、和裁でしょうか、こだわりの裁ち鋏があるのだと思います。その鋏でこそ気持ち良く針仕事ができるという実感が込められていると感じます。季語の撫子がその背景を良く引きたてています。
	虫集くひとり居なれば殊更に	恵
ちょっと解説	集くは「すだく」と読み虫などが多く集まって鳴くことを言います。一人居の作者がしきりに鳴いている虫の音に感じる思いが切々と伝わってくるように思います。秋の夜の長さや、しんみりした雰囲気が良く出ている作品です。
	意のままに成らぬを猛暑の所為にして	seiu
ちょっと添削	原句は、意のままに成らぬを猛暑の所為にもし今年は夏も、残暑も厳しいものでした。物事がうまく運ばないことを暑さのせいにもしたくなる心境は理解できるように思います。「所為にもし」という言いまわしが、やや逃げてしまった感じを受けてしまい、惜しいところです。
	夜振火や水軍島を遠巻きに	はる
ちょっと解説	夜振火とは、夜釣りで明かりを灯し魚を呼び寄せる火のまたは灯のことを言い、俳句では夏の季語として分類されています。その夜振火がおそらく幾艘もの釣り舟それぞれに灯されて、歴史上の水軍の島を囲んで漁をしている場面でしょうか。夜振火、水軍島という題材がきちんと一句の中に収まって、情景も良く描かれており良い作品です。遠巻きにという表現で、作者の見ている場所や全景の広がりなども伝わってきます。
	親子して茹でもろこしにかぶりつく	著無
ちょっと解説	茹でたてのまだ湯気を上げているようなとうもろこしに、子供等だけではなく大人までも美味そうだと、飛びついている様子が少しユーモアも含めて描かれています。自然な言葉で家庭での日常が表現されており良いと思います。
	秋団扇書類の谷間にバタバタと	幸
ちょっと解説	実感があって面白い作品だと思います。通常の事務所では今はクーラーなどが当たり前のようになっていますが、学校や業種によってはクーラーの恩恵が受けられないところもあると聞きます。書類に埋もれた忙しさと、残暑厳しい中でのうちわの動きもなおさら忙しい様子が伺えます。
	五升ほど稲穂の実る棚田かな	春日
ちょっと解説	狭い土地を利用して米を作っている風景から、稲を育てる作業の大変さや、棚田の様子が伺える良い作品です。五升ほどという把握が、その棚田の大きさや、周辺の眺めを良く表しています。
	ひきづられゆくお父さんプールの日隙間なくかけし蜘蛛の囲原爆忌ペットボトルに陽の乱舞して原爆忌	秋湘
ちょっと解説	一句目、子供がお父さんとプールに行く日を待ちに待っていたのでしょう。ひきづられゆくお父さんと言う表現で、子供のはしゃいでいる様子とお父さんの大変な休日の様子の両方が良く表現されています。可愛い雰囲気もある生活感の出ている良い作品です。二句目、原爆の日への思いをストレートではなく蜘蛛の巣の様子で巧く象徴した作品です。良くまとまっています。三句目、原爆の日から５７年が経ち、今はペットボトルが町行く人々の手にあります。忘れてはならない思いが風化してしまわないようにという願いも込められている様に感じました。光の反射を乱舞と捉えたところも良いと思います。
	村人の訛語なつかしき盆仕度	保月
ちょっと添削	原句は、村人の訛語なつかしき盆の路盆の頃、村人達の国訛りを懐かしく思い出しているという作品です。盆の路がやや大づかみな感があります。背景をはっきり描くことで、句の印象が良くなると思います。
	聞き入りてことに声高きりぎりす	かをる
ちょっと解説	虫の音を注意深く良く聞いている様子が伝わってきます。いろいろな種類の虫の鳴き声の中から、特にきりぎりすが声を高くはりあげていると感じ取った作者の発見がある良い作品です。

	旅の湯に体しづめて虫の声	渡辺　邦敏
ちょっと添削	原句は、虫の音を湯船で聞くや旅の宿よくまとまっていますが、やや報告文のような印象を受けてしまうのが惜しいと思います。詩的な表現を工夫すると味わいのある作品になると思います。虫の音と言えば「聞く」は不要になります、旅の湯船と言えば「宿」もなくて分かると思いますので、内容を整理してより実感のある句にできると思います。
	下駄音の消えし路地裏秋ともし	除門　喜柊
ちょっと解説	実感のある良い作品です。最近は下駄の音を聞くことも少なくなりました。路地裏の風景は昔と大きく変わらずとも、生活や習慣は随分変わっていると思います。今では聞かない下駄の音に、そういう思いを込めた所が良いと思います。季語の秋ともしも悪くは無いですが、下駄の音ですから、昼間か夕方の季語の方がよりぴったり来るかもしれません。
	子等いまも風呂敷マント蜻蛉飛ぶ	高木　宏太郎
ちょっと添削	原句は、やあやあと風呂敷マント蜻蛉舞ふ句の対象は非常に良いと思います。風呂敷マントを着て遊んでいる子等の姿が、昔と変わらずに懐かしくよみがえってきます。その声を「やあやあと」と表現したのはやや平凡かもしれないです。蜻蛉は舞うというより飛ぶでしょうか。
	靴脱ぎし足軽きこと軒風鈴	峯岸　八戒
ちょっと添削	原句は、風鈴や靴脱ぐ足の軽きこと靴を脱いだ時の開放感に焦点を絞って作句したのはとても良いと思います。誰もが経験をしているその感覚が良く伝わってきます。季語の風鈴は良いと思いますが、靴脱ぐ足は靴脱ぎし足とした方が、靴を脱いだ後という実感がより明確に伝わってくるように思います。
	手花火や親子の影を屈ませて（こごませて）	高橋　巴
ちょっと添削	原句は、手花火の親子の影や峡の庭親子が並んで庭に影をおとして手花火を楽しんでいるという、しんみりとした感じの良い作品です。峡の庭の峡がやや読み手には分りにくいと思います。峡に家があるのか、山の宿なのかともとれるように思います。
	貝拾ふ夏の終わりの黄昏に	篠原　義剛
ちょっと添削	原句は、貝拾ふ夏の終わりの砂浜に夏の終わりを惜しんでいる雰囲気が良く出ている作品です。貝を拾っているのは、海辺、砂浜と分かりますから、下五の砂浜には表現がだぶってしまって、やや説明的な印象を受けるのが惜しいと思います。
	濃かに妻のカンナや今朝咲けり	渡辺　邦敏
ちょっと解説	濃やかという言葉には、心のこもったと言う意味と色が濃く鮮烈という二つの意味がありますが、妻が手塩にかけた、真っ赤なカンナが今朝咲いたと、濃やかが両方にかかっていて効果をあげています。
	煙立つ爆裂の原赤とんぼ	道明
ちょっと解説	以前大噴火をした火山が、今は小休止して水蒸気をあげている場所でしょうか。とんぼも飛んで、人も傍に寄れる状況なのだと思います。爆裂の原という強い表現と赤とんぼの組み合わせがよくマッチした良い作品です。
	電子辞書傍へに燈下親しみぬ足もとにコスモス続くリフトかなちらちらと影を映して秋の蝶	久美子
ちょっと解説	一句目、秋の夜の読書の雰囲気がよく出ています。電子辞書を傍らにおいてというところが新鮮で良いと思います。二句目、可愛く綺麗にまとまっています。冬場はスキーのリフトになるのでしょうか。コスモスが一面に咲いている美しい情景が出ていると思います。三句目、秋の蝶の把握として、ちらちらと影を映してという把握がふさわしく、良い作品です。秋の蝶の感じがよく出ていると思います。
	救急車医師は夜食の箸を置き	萌
ちょっと添削	原句は、救急車医師も夜食の箸とめて病院関係者の方の俳句でしょうか。救急医療は昼夜を問わずに大変な仕事だと思います。夜食は夜が長く感じること、食欲の秋ということからでしょうか、俳句では秋の季語に分類されています。救急車の到着に医師の夜食が中断されたという現実感のある作品です。この句の医師もの「も」の使い方が難しいと思います。医師も、看護婦もという意味なのでしょうか。ここは医師に焦点を絞る方がより緊迫感のある句になると感じます。
	夕立の気配や町中動き出す	邨軒
ちょっと添削	原句は、夕立の気配町中動き出す空が真っ暗になり、今にも夕立がきそうな町の風景を大きな視点で捉えています。町中が動き出すというとやや大袈裟な感じもしますが、道行く人々は急ぎ足になったり、商店は慌てて品物を片付け始めたりと、夏の午後から夕方にかけての様子が良く描かれています。夕立の気配やと、切れ字の「や」を用いて一呼吸置くと句の形と、句を読む時の調子が良くなるように思います。
	寺涼し室戸港を俯瞰して	康子
ちょっと解説	小高い山の寺でしょうか。眼下に室戸港を見下ろしている情景が巧く詠まれています。港全体が見渡せて、涼しい風の気持ち良さまでも読み取れる良い作品です。俯瞰と言う硬い言葉が、この句には効果的に使われています。
	高原の風は気ままよ吾亦紅	片岡幸八
ちょっと解説	きれいに良くまとまっています。吾亦紅と風の組み合わせも良いと思います。気ままよ、気ままに、気ままや、と一字で句の感じが随分と変わってきます。もっとも適当なものを選んでみてください。
	空蝉や故郷の山よみがへる	柴田　千湖
ちょっと解説	蝉の殻を見つけて、故郷の山や当時の記憶までもがよみがえってきたと言う作者の気持ちが良く表現されている句です。空蝉を見たという動機付けがはっきりしているため、句に説得力がでました。良い作品です。
	崩れ簗白鷺群れて争へり	保月
ちょっと添削	原句は、争ひぬ群るる白鷺崩れ簗夏の川に群れている白鷺の様子と周りの風景が良く描かれています。句の形が、争ひぬ／群るる白鷺／崩れ簗と三段切れになっていますので読んでいてややぎこちない印象を受けます。表現を工夫するとよりすっきりとした印象の句になります。
	秋暑しトランクガタゴト母帰る	幸
ちょっと解説	車のついた大きな旅行トランクを引っ張って帰ってきたお母さん。その元気な様子が巧く表現できています。この句には秋暑しという季語が効いていると思います。元気で明るい旅好きのお母さんの姿がトランクを通して目に浮かんでくるようです。
	秋の蚊の机の脚に一休み	著無
ちょっと添削	原句は、秋の蚊も机の脚に一休み　秋の蚊はどことなくか細く弱々しい印象をもたらします。机の脚にとまっている秋の蚊に焦点を当てた所が面白く、良い作品です。秋の蚊もの「も」がやや気になります。おそらく机仕事に疲れた作者も一休みということでしょうが、せっかく蚊に当てた焦点が少し弱まるように感じるからです。
	つくばひの水新たなり秋迎ふ	恵
ちょっと解説	つくばい、すなわち手水鉢の水も新しくとりかえて換えて秋を迎えたと言う、すがすがしい感じの作品です。ややおとなしい内容ですが、素直に綺麗にまとまっており良いと思います。秋迎ふという表現が良いと思います。
	桔梗や丈の高さに風流る	さくら
ちょっと解説	秋らしい雰囲気が良く出た作品です。桔梗の丈の高さの風と捉えたところが作者独自の把握があって良いと思います。巧い表現です。